Survivablesについて
Yakima Chief Hops(YCH)が提唱するSurvivables(サバイバブルズ)について、ポスターと小冊子の内容を日本語で説明(解説?)してみたいと思います。以前書いた「ビールの香りをデザインするために」と合わせて読んでいただけるとより全容が分かるかもしれません。
Survivablesとは、ホップ成分の中でも、モノテルペンアルコール、チオール、ホップ由来エステルなど、官能閾値が低く、ビールに溶けやすく、比較的揮発しにくい化合物の総称です。醸造工程を経ても最終的なビール製品に強く残り、高い香りのインパクトを実現すると言われています。従来ホップの香気成分と言われていたミルセンとかファルネセン、カリオフレンなどのテルペン類は、ホップに含まれる量は多くても、揮発したり発酵過程で消失したりしてほとんどビールに残らないということが分かってきました。Survivablesはそれらに変わって、ビールのアロマを構成する重要要素として研究が進められています。まずはそれぞれの化合物をカテゴリーごとに見てみましょう。
※各化合物の官能閾値は私が複数の文献から情報を得て記載していますが、文献によって閾値が違うことが多いのであくまでも参考程度に見ていただければと思います。
モノテルペンアルコール類
モノテルペンにヒドロキシ基(-OH)が結合したもの。名称の末尾はオール(-ol)で終わる。Survivablesといえば、モノテルペンアルコールといえるくらい代表的な化合物です。
Geraniol 官能閾値4ppb
バラ様、フラワリー。
Geraniol自体も心地よいアロマですが、さらにBiotransformation(バイオトランスフォーメーション、酵母による代謝)によってβ-citronellolを生成するので、一粒で2度美味しいモノテルペンアルコールです。構造式の書き方は2つあるみたいですが、基本は鎖状構造なので同じです。二重結合があるので実際には折れ曲がっているのでしょう。
β-citronellol 官能閾値8ppb
レモン様。ライム様。
ホップ自体の香気成分分析では見つからないですが、最終ビール中に見つかることから、GeraniolのBiotransformationによって生成されると推定されています。Geraniolの二重結合のうち一つが水素化して単結合になったもので、鏡像異性体があります。下の構造式は(-)のほう(たぶん!)。
参考: クラフトビールの香りをgeraniol代謝で読み解く
Linalool 官能閾値1–2ppb
ラベンダー様、スズラン様。
最も有名なSurvivablesじゃないでしょうか。Linaloolを多く含むホップは人気ですが、その代表銘柄はCitraかな。(これも鎖状構造なんですが、こう書いたほうがモノテルペンアルコールっぽい?)
Polyfunctional Thiol(硫黄化合物/チオール)
Nelson Sauvin(ネルソン・ソーヴィン)に代表される白ワインのような香りの生成に寄与していると言われています。硫黄化合物はチオール類も含めて、通常オフフレーバーになることが多いですが、例外的にPolyfunctional Thiolは心地よいアロマをもたらす香気成分とされています。単体でのアロマへの貢献もありますが、モノテルペンアルコールとの相乗効果でビールにポジティブな香りをもたらすと考えられています。
参考: GETTING THE MOST FROM YOUR HOPS — Brewers Association
参考: ソーヴィニオン・ブランの香りのするホップ
3MH / 3-mercapto hexanol / 3-sulfanylhexan-1-ol 官能閾値0.055ppb
トロピカル、グレープフルーツのアロマ。Biotransformationによって、3MHAに変化します。どういう仕組みか分かりませんが、ボイル(麦汁煮沸)中に増量すると言われています。ということは3MHをたくさん含むホップはホットサイドで使いたいですね。CentenialとかIdaho7に多く含まれています。
3MHA / 3-mercaptohexyl acetate / 3-sulfanylhexyl acetate 官能閾値0.005ppb。
トロピカル、グレープフルーツのアロマ。濃度が高いとパッションフルーツ様。
通常ホップ自体には見つからない成分ですが、3MHがバイオトランスフォーメーションで変化して、ビール中に存在しています。官能閾値が極めて低く、微量でもアロマに大きな貢献をします。GC(ガスクロマトグラフ)やGC-MSで検出されないことも多いです。(YCHはどうやって調べたんだろうか。AgilentのGCで調べたんでしょうが、すごいですね。)
ホップ由来エステル・ケトン
昔はエステルというのは発酵過程で酵母が作り出すものが全てだと思っていました。イソアミルアセテートとかエチルアセテートとかは代表的な酵母が作るエステルかと思いますが、今はホップ由来のエステルというものが特定されており、酵母由来と同様に重視されています。
2-methylbutyl isobutyrate
アプリコット様。ホップ由来エステルで醸造工程を経ても香気成分としてビールに残存します。(構造式がやや傾いてしまいましたが、直し方が分かりません…)
Methyl geranate
フルーティ、フラワリー。ホップ由来エステルで醸造工程を経ても香気成分としてビールに残存します。(構造式が傾いてしまいました。机に向かう姿勢が悪いのかな。)
Isoamyl isobutyrate
青りんご様。イソ酪酸イソアミル。イソ酪酸エステル類。当たり前ですが、上の2つもこれもエステルなのでエステル結合があります。鎖式の炭化水素にエステル結合が入っているので、エステルってどれも構造式の見た目が似てますね。これらが違う香りに感じられるというのは人間の嗅覚受容体の神秘です。(構造式が傾いてし…略)
2-nonanone
ケトン。様々なアロマとして感知される。少量ならスウィート、フルーティ、チェリー。多量だとバターやワックス。これも少量の場合と多量の場合で感じる匂いの性質が変わる例の一つです。これはケトンなのでエステル結合じゃなくてカルボニル基(カルボキシ基じゃない!)があります。
Survivables実務上のポイント
有名なこのグラフは、「Centennialすげーじゃん」とか「Cascadeは意外とだめだなー」とか小並感の感想を言うためのものではなく、YCHいわく4つのポイントがあるそうです。
- Survivablesを多く含むホップを最初のほうの工程(WhirlpoolとかActive Fermentation Dry Hopping (AFDH))に使う
- Survivablesをあまり含まないホップは最後のほうの工程(Late Dry Hoppingとか)に使う
- ブレンドするときはそれぞれの香気成分のバランスに気をつける
- ホットサイドやAFDHに使うホップはバイオトランスフォーメーションも意識する
詳しくはハンドブックのとおりですので、ぜひお読みくださいませ。(日本語で説明すると言ったのに、翻訳がめんどくさくなって途中で投げる私…)
Survivablesの留意点
Survivablesというのは、今のところYCHと盟友(?)Scott Janish氏が積極的に使っている用語であり、学術的に広く認知されているものではないようです。GCでの分析や実際の醸造による検証で、データの信頼性はかなり高いものの、YCHが自社のホップを売りたいために利用しているという面はあると思います。営利企業なので悪いことではないですが、データを利用する側(造り手側)としては一ホップサプライヤーが提唱している理論にすぎないということは留意しておきたいです。
またSurvivablesでは、YCHが扱っているホップのデータは豊富に開示されていますが、ネルソン・ソーヴィンやヨーロッパ品種などのデータはありません。もしかしたら、それらのホップにはYCHが提唱する成分以外に魅力的な香気成分が含まれているかもしれません。
YCHが自社のホップを売りたいためにホップに関する知見を公開しているように、私は自社のビールを飲んでもらいたくて、この文章を書いてます(おいおいw)。ですので、もしよければHop Frontier、お試しくださいmm