StoneのSell-outについて

Shiro Yamada
Jun 27, 2022

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世界中のビールファンや関係者を驚かせたサッポロホールディングスによるStone Brewingの買収に関して、信頼できそうなソースをたどって事実関係をまとめた上で、個人の感想レベルの考察を書いてみたいと思います。海外の会社であり直接の知り合いもいないので、後半は思ったことを憶測も含めて書いていますので、あまり役に立つ考察ではないかもしれません。

買収に関して

2022年6月24日付サッポロホールディングスの適時開示によると、子会社のSapporo USAを通じて、USD165M(約220億円)でStone Brewing Co.,LLCの持分100%を取得。持分譲渡は8月に実行されるようです。なお、Stone社のクラフトビール卸売事業は切り離して、今回の譲渡対象には含まれないとのことです。

Stone Brewingは、Instagramを更新し今回の持分売却を公表しました。コメント欄には好意的なコメントはほとんど見当たらず、辛辣なメッセージが殺到しました。私の英語力では英語のネットスラング的な意味合いが分からないものもありますが、いわゆる炎上状態です。何年か前に共同創業者で当時のCEOのGreg Kochが「会社を売らず独立性を維持する」という宣言をしており、裏切られたと感じるファンの方が多かったようです。

ちなみにこのGregの宣言はいまもYoutubeで見ることができます。2016年の冬、大手ビールメーカーによるクラフトブルワーの買収が相次ぎ、界隈がざわついていた時期だったので、このコメントは当時大きな反響を呼びました。Gregに対する共感と尊敬が高まったと思います。

ちなみにもう一つ、GregのBlogでも今回の件の報告をしています。こちらはInstagramとは対照的に「お疲れ様」「おめでとう」「ありがとう」的なメッセージが殺到しているようです。ちょっと燃え尽きた感がある文章で心配になりますが。

Good Beer Huntingの記事によると、Stoneの買収額は製造量1バレルあたりでいうと505ドルとなり、最近のクラフトビール買収事例より低いようです。下記にグラフ化してみました。Stone、CANarchy、Dogfish Headは記事の数字を拾い、Ballast Pointは2015年当時の買収額(約10億ドル)と同社の2016年の製造量431Kバレルから算出しました。

1バレルあたり買収額

Stoneの歩み

Stone BrewingはGreg KochとSteve Wagnerによって1996年にサンディエゴに設立され、Hop-centricなビアスタイルでクラフトビールファンから圧倒的に支持されるブルワリーです。Brewers Associationによると全米で9番目の生産量を誇ると言われています。現在はカリフォルニア州エスコンディードとバージニア州リッチモンドの2つの醸造所でビールを製造しています。

こちらの記事を参考に近年の足跡を辿ってみます。2016年にはベルリンに醸造所とタップルーム/レストランをオープンしますが、わずか3年後の2019年にBrewDogに売却して撤退しています。ベルリンの醸造所にはUSD29M(約40億円)を投じたと言われています。同じ2016年に開業したリッチモンドの醸造所の投資額はUSD75M(約101億円)とのことなので、設備投資額が負担になった可能性は高そうです。資金繰りが苦しかったからか、2016年10月に50人以上、2020年4月に従業員の3割にあたる300人のリストラをしています。また、2020年3月には上海のタップルームも閉鎖しました。「Stoneのブランドを守るため」というパフォーマンス的な訴訟をモルソン・クアーズに対して起こしており、それも経営の負担になっていると言われています。2020年8月にはCEOのDominic Engelsが退任し、元Lagunitas BrewingのCEOであるMaria Stippが就任しました。この二人はいわゆる雇われ経営者で、ビジネススクールを出て、コンサルや企業経営などのキャリアを積んだプロ経営者という感じです。

業績から見る売却理由

直近2021年の売上はUSD230M(約310億円)で12M(約16億円)の赤字。直近3年間は日本円で19億円、25億円、16億円と最終赤字が推移しており、非常に厳しい経営状況がうかがえます。この数字は今回の売却対象ではない卸売事業を含めた数字で、ビール製造の事業だけだと売上はこれよりかなり低いと考えられます。プライベート・エクイティから90M(約121億円)の投資を受けたのは2016年の話で、それ以降は大きな調達をしていないのに赤字が続いているので、資金繰りが楽だったとは考えづらいです。実際に純資産もかなり目減りしており、手元のキャッシュがどれくらいあるかは分かりませんが、この状態だと新たな資金調達は難しく、会社を売却せざるを得なかったのかもしれません。

Stone Brewing Co.,LLC業績推移(サッポロホールディングスのリリースより)

また、サッポロホールディングスの補足資料によると、Stoneの既存工場で360Kバレル分のサッポロ商品を製造する計画があるそうです。これによりStoneの製造量は倍増する、と。このことからStoneの醸造所の現状の稼働率はかなり低く、キャパシティが空いた状態であることが推測できます。従業員の解雇や拠点の閉鎖だけでは立て直しは難しく、空いてる製造キャパシティを早急に埋めて経営を健全化したいと考えるのは当然の帰結かもしれません。

個人的な思い出、喪失感と失望感

Stoneは日本でも知名度があり、私がクラフトビールに関心を持ちはじめたころから西海岸IPAの代表的存在だったと思います。Far Yeastのビールを扱ってくれているアジアのインポーターもStoneを扱っていることが多く、それらのインポーターのポートフォリオとして、Stone IPAとともにKAGUAやFar Yeastが並んでいるのを見て、誇らしく思っていました。一方でインポーターの皆さんからは「Stoneは売上量のコミットメントを求めてくるのでしんどい」とか「インポーター物流の品質管理に関して官僚的なチェックをしてくる」という評判も聞いていました。ちょうど雇われCEOが着任したタイミングで、アジアへの販売拡大を積極的に進めていた時期だったと思います。ファンドから調達した資金で設備投資をして、その有り余る生産能力を埋めるために、MBAホルダーなどの「ビジネスな人たち」をたくさん雇ってマーケティングや販売に力を入れていたと聞きます。

Stoneの歯車が狂い始めたのは、2016年あたりなのかもしれません。2016年4月にはTrue Craftプラットフォームという100M(約135億円)のファンドを立ち上げ、クラフトブルワーが独立性を保ったまま事業ができるようにサポートすると発表しています。その後True Craftがどうなったのかよく分かりませんが、身の丈以上の大きなプロジェクトであり、自分たちのお客さんに美味しいビールを届けるという本質から逸脱していったようにも見えます。Stoneに投資をしたのはVMGというPEファンドですが、ホームページを見てもふわふわした感じがして、このファンドが本当にStoneのバリューアップに貢献できていたのか、疑問に思います。むしろ、ファンドが入ることによって、無理な設備投資や本質から逸脱するようなマーケティング手法が促進されてしまった可能性があります。

今回の件については多くの人達と同じように、個人的にはとても悲しいです。しかもこんな安い金額で買収されるとは…。喪失感と失望感が入り混じった気持ちです。Stoneには独立系クラフトブルワーとしてずっと業界を引っ張って欲しかった。

些末な話

ちなみにどうでもいい話を2つほど。前に「クラフトビールの定義問題」で書いたのですが、Brewers Associationがいう「小規模」とは何かというと、現行の定義は年間600万バレル(リットルに換算すると約70万KL)の生産量です。サッポロビールの2018年のビール類の課税移出量は56.6万KLなので、小規模に該当します。ということは、Stoneは買収された後も引き続きCraft Brewerとしての地位を維持できるのかもしれません。

こちらの記事によると、Ballast Pointは2015年に売却してから紆余曲折あって製造量がピーク時の431Kバレルから200Kバレルに減り、企業価値が1/10以下になって2019年に再売却されています。クラフトビールという情緒的な価値がブランド価値の大きな部分を占めるこの分野において、大手メーカーが買収することは果たしてプラスになるのでしょうか。注目して見ていきたいと思います。

自宅の冷蔵庫にはヴィンテージのStoneのボトルがあるんですが、いつ飲もうかなあ… 今飲むと涙味のビールになっちゃうかもなあ。

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Shiro Yamada

ビール、蒸留酒 Far Yeast Brewing株式会社 代表取締役 https://faryeast.com/