Mt. Stupid登頂記
今日は登山の話題、、、というわけではなく、認知バイアスの話。ダニング=クルーガー効果というものがあります。能力の低い人ほど正しく自己評価ができず、自分を過大評価してしまうという仮説です。この仮説をもとに知識や技能の習得度合いと自信の度合いをグラフ化したものが広く知られています。（この図自体はオリジナルのダニング=クルーガーによるものではないらしいです）
実は私がビールの会社をはじめようと思ったとき、「自分はビールについてよく知っている」と思っていました。簡単に言うと、たぶんビールをなめてました。まさにダニング=クルーガー効果を身をもって体験したのでここに登頂記をしたためたいと思います。
馬鹿の山の山頂まで
ビールの会社を起業前にクラフトビールを飲み漁ったり、ビールの技術論や歴史など、当時の素人がアクセスできる範囲内で自分なりに一生懸命勉強しました。 その過程で、「俺はそこそこビールに詳しい」→「相当詳しい」→「詳しいから他の人が見えてないもの（市場のニーズや将来）が見えてる」と思い込みが進みました。その結果、見事に馬鹿の山に登り、2011年にはついに会社まで作ってしまいました。 2013年にはこんなインタビューまで受けました。「世界一を目指す」とか言っちゃってて、やばい感じになっていて、山頂からの絶景を楽しんでいる様子が伺えます。（今から思うと黒歴史ですね…）
気持ちよく馬鹿の山に登っている私に対して、「上手くいかないんじゃないか」とか「クラフトビールってそんなに盛り上がるとは思えない」とか「クラフトビールってようは地ビールでしょ？地ビールはもうオワコンだよ」と疑問を呈する人はいましたが、当時私の周りにはクラフトビールに詳しい人がそれほどいなかったので、あまり適切なたしなめはありませんでした。馬鹿が馬鹿をたしなめているようなもの（言い方悪くてすみませんmm）なので、馬鹿同士でディスカッションしても当然私自身が「気づき」に至ることはありません。
絶望の谷へ
会社をはじめてビールを知れば知るほど、自分が何も知らないことに気づきました。当時は、pHが水素イオン濃度だということも知りません。ヘンリーの法則も知りません。バルブ開閉の作法も知りません。ビール変敗菌は具体的に何があるのかも知りません。品質管理のイロハも知りません。国内外の同業者と話していくうちに、自分が知っていることがいかに小さな範囲だったかを思い知らされました。メッキが剥がれるのが先か、自分が勉強して追いつくのが先か、みたいなレベルではなく、とにかく圧倒的にビールを知らなかったので、当時は絶望しか感じませんでした。
啓蒙の坂を登る
この過程で、「お客さんがクラフトビールに求めているもの」について考えをめぐらし、規模を追求することはお客さんにとって何のメリットもないことに気づきました。そこで、2014年に「Democratizing Beer-ビールの多様性と豊かさをもう一度取り戻す」というミッションを制定し、まずは世界一を目指すとかいう痛い目標を取り下げました。とりあえずいつまでも絶望してばかりではらちがあかないので、足りない知識は一つづつ時間をかけて学ぶとして、看板だけでもちゃんとしたものに取り替えようという意図です。2015年には日本クラフトビール株式会社からFar Yeast Brewing株式会社へ社名変更もしています。
馬鹿の山に登ってしまった原因
最近の書籍『THINK AGAIN 発想を変える、思い込みを手放す』によると、全くの無知の状態から少しだけ知識を得てアマチュアレベルに進むと人は自分の能力を過大評価してしまう傾向が出てくるそうです。自分が盲目であることに盲目、つまり自分の無知を知ることができない状態に陥るというわけです。そしてこれを後押ししてしまうのは、周辺環境。周りからの適切なフィードバックがなかったり、フィードバックを拒否してしまっていると馬鹿の山への登頂まっしぐらになります。私の場合は、ビールを勉強しはじめてアマチュアレベルに進んだ段階で、自己への過大評価がはじまり適切なフィードバックを受けられずに突き進んでしまった感じです。
馬鹿の山にもプラス面がありまして、それは起業などの大きな決断の原動力になる場合があること。馬鹿の山に登ったせいで起業した事例は私の他にもあるんじゃないでしょうか。チャレンジを促すという意味ではいい面もありますね。とはいえずっと馬鹿の山に登ったままだと真の学びに到達できないので、メタ認知力を鍛えて、適切なフィードバックを受けることで早めに認知バイアスを解消したいところです。