IBUはクラフトビール老人会の用語になるかも

Shiro Yamada
May 23, 2021

Sierra Nevada BrewingStone Brewingのウェブサイトにはビールの紹介ページにIBUが載っています。ちなみにそれぞれのフラッグシップであるSierra Nevada Pale AleのIBUは38、Stone IPAは71だそうです。一方、新興人気ブルワリーであるOther HalfIndustrial ArtsのウェブサイトにIBUの表記はありません。ビールのスペックの欄にはABVとホップ品種が載っています。IBUは一昔前のIPAブームのときはみんながこぞって注目していた数値でした。ところがドライホップ/ワールプールホップが当たり前になってきて、ホップ添加量も増えてきて、さらに現在のHazy/Juicy IPA全盛のトレンドの中ではIBUを表示する意味が薄れてきているように思います。近い将来、私のようなクラフトビール老人会のおじさんが「昔はIBUっていうのがあってな…」と若い人に語って煙たがられるようになるかもしれません。

IBU(International Bitterness Unit)とはなにか。ホップがビールに付加する特徴的な苦味の成分であるイソα酸の値です。1 IBUは1 mg/L(1 ppm)のイソα酸が液体の中に存在することを意味します。基本的な説明は以上です。しかしもっと正確に言うと、IBU測定ではイソα酸のほか、α酸(イソ化してない)、酸化したα酸(humulinonesなど)、その他の化合物(ポリフェノールなど)も検知しているそうです。ただし、イソα酸とその他の成分を見分けることができません。IBU測定には分光光度計(Spectrophotometer)を使うのが一般的ですが、多くのブルワリーは分光光度計を持っていないので、ホップのα酸値(ホップサプライヤーから提供されたデータ)と煮沸時間で計算したIBUを表示しています。別に虚偽の記載をしているわけではなく、たとえば食品のカロリー表示も換算式を使って計算されているので、算定根拠が明確であれば問題はないと思います。とはいえ、多くの場合IBUは実測されてないのは留意すべきポイントです。

IBUの限界ということで広く言われているのが「IBU=知覚する苦味の強さ」ではないということです。人間が感じる味覚としての苦味は相対的なものなので、甘味やボディの強さとの相対的なバランスの中で強く感じたり弱く感じたりします。同じIBU50でも、ABV10%のインペリアルスタウトとAVB4.5%のライトラガーでは苦味の感じ方が違うと思います。これは昔から言われていたことです。また少しマニアックな点でいうと、pHによって知覚できる苦味は変化するようで、pHが高いほうが苦味はより強く感じるそうです。

近年はもっと別の観点からIBUの意味が薄れてきたと言われています。大きな原因は煮沸時間ゼロのホップ投入が増えていることです。簡易的な計算でIBUを算出する場合は、ホップの投入量、そのホップのα酸値、煮沸時間で求めます。ワールプールホップやドライホップなど煮沸時間がゼロの場合は、計算上のIBUはゼロとなります。ワールプールやコールドサイドで投入するホップも量が多ければそれなりのIBUへのインパクトはあるのですが、伝統的なビール造りではそういったホップの使い方は想定していなかったので、煮沸時間ゼロのホップ投入に関する計算式は定まっていません。

以前にIBUの実測ができるブルワリーと契約醸造をした時に、ドライホップの前後でIBUを比べたところ、元々のIBUが低いビールはドライホップによって大きくIBUが上がり、元々のIBUが高いビールはドライホップによってIBUがほとんど上がらないかむしろ下がる傾向が見られました。例えば、ドライホップ前にIBU8.5だったビールは、3.5g/Lのドライホップ後に22.1になり、13.6ポイントIBUが上昇しました。一方で、IBU59.0のビールに5g/Lのドライホップをして、57.2に下がったこともあります。これはドライホップによってhumulinonesやポリフェノールがビールに溶け出すこと(IBUが上昇)と、高IBUのビールに関しては低温時にホップがイソα酸を吸収すること(IBUが減少)が同時に起こることが原因のようです。

humulinonesはイソα酸に比べて感じる苦味が66%と言われています。ドライホップによってhumulinonesが増えてイソα酸が減ったビールは、例え同じIBUであっても苦味の度合いは減っていると思われます。Maye laterという研究者は、ドライホップ前のIBUが20以下のビールはドライホップによって苦味が増し、ドライホップ後のIBUが30以上のビールはドライホップによって苦味が減ると言っています。その境目は、だいたいIBU25くらいではないかと言われています。また、ドライホップによって、ポリフェノールもビール中に溶け出すと言われていますが、それもIBUと知覚する苦味の乖離を大きくする原因の一つと考えられます。

Humulinonesはなぜかホットサイドではあまりビールに取り込まれないそうです。なのでドライホップがなければ、IBUは煮沸によって得られるイソα酸値のみを考慮すればよく、humulinonesなどの他の化合物はNegligible(とりあえず無視しても差し支えない)ですが、ドライホップを大量にすることによって事情が変わってきました。ドライホップはIBUの計算式上はゼロカウントされますが、Humulinonesやポリフェノールが溶解するので実測するとゼロではありません。

また、ワールプールホップなどの煮沸時間ゼロのホットサイドでのホップ投入も少量であればIBUへの影響はNegligibleですが、近年のJuicyなIPAではワールプールホップも大量です。煮沸するホップはごくわずかで、ホットサイドの大部分は煮沸しないホップ投入の場合も多いと思います。煮沸しなくても熱が加わることで、多少はα酸がイソ化すると考えられるのでワールプールホップも大量に投入するならIBUの計算式に含めるべきですが、標準的な計算方法はありません。

煮沸をしないホップ投入が増えると計算によって求めたIBUが意味をなさなくなる理由がお分かりいただけたでしょうか。一昔前までは、煮沸をしないホップ投入は限定的だったので、計算によって求めたIBUが概ね正しくイソα酸の量を表し、参考に値する苦味値を求められました。また、実測をしたとしても、IBU値の中には、イソα酸、Humulinones、イソ化していないα酸が含まれています。Humulinonesはイソα酸の66%、α酸は10%程度の苦味と言われています。そしてα酸由来ではない化合物(ポリフェノールなど)も12%程度は計測値に含まれるそうです。

以上のことから、IBUを表示することが消費者にあまり有益な情報提供にならないどころか、かえってミスリードになる場合が増えてきました。実測によらず計算で求められたIBUにしても、例え実測したとしても、20だとか50だとかというのはビールを飲む人にとってはあまり意味がない情報なので、だったら表示しないほうが良いとなるのは自然なことだと思います。しかもIBUは、ABVや内容量などと違って法律で表示する義務があるわけでもないです。

現在ではIBUの代わりにHigh Performance Liquid Chromatography(HPLC=高速液体クロマトグラフィー)を使った苦味の測定が試みられています。もう名前からしていかつくて頼りになりそうですね^^ 香気成分を分析するGas Chromatography(GC=ガスクロマトグラフィー)の液体版ということです。HPLCを使えば、ドライホップによって、イソα酸が減少しHumulinonesに置き換えられたことも計測できるそうです。詳しい仕組みは私にはよく分かりません。今後勉強していきたいと思います。

インターネット老人会では「昔はダイヤルアップ接続というのがあってだな…テレホタイムには回線が混雑して...」とか若者がキョトンとするようなことを私のような「老人」が言うそうです。近い将来クラフトビールにも老人会ができると思いますが、IBUはまさにクラフトビール老人会を象徴するワードになるような気がします。ちなみに、クラフトビール老人会結成の暁には私は理事になって、理事会で昔話をしながらビールを飲みたいです^^

今回のエントリーの参考文献はほぼほぼ「The New IPA: Scientific Guide to Hop Aroma and Flavor」でございます。実践的な技術談義からこぼれ話的な内容まで、幅広くカバーされていて面白い本ですね。

The New IPA: Scientific Guide to Hop Aroma and Flavor

用語に関する注記

英語のDry hop、Dry hopping、Dry hoppedはそれぞれ品詞が違うので違う意味がありますが、この文章中ではカタカナの「ドライホップ」を、文脈によってDry hoppingの意味やDry hopの意味として使ってます。

アルファベットが多いと文章が読みにくいと思い、ポリフェノールなどの有名な言葉はカタカナにしてますが、humulinonesはアルファベットのままにしています。カタカナにするとhumulinone=フムリノンです。「フムリノン」は日本語ではマイナーな言葉ですし、文中で意図するのは「フムリノン的な化合物の一群」ということで複数形のhumulinonesを使ったほうが適当だと判断しました。

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Shiro Yamada

ビール、蒸留酒 Far Yeast Brewing株式会社 代表取締役 https://faryeast.com/