Diastaticusについての一般知識
Far Yeast Brewingのフラッグシップともいえる東京ホワイトはウィートセゾンと銘打っています。(実際にスタイルガイドラインには「ウィートセゾン」というのはありません)その名のとおりベルギーのセゾンに使われる酵母を使っています。この酵母は通称Diastaticus酵母と言われ、取り扱いが難しいとされます。この酵母に関しては日本語の情報が意外と少ないので英語文献の内容をいくつかまとめてみました。
Diastaticusとは
Saison(セゾン)/Farmhouse Aleなどのスタイルで使用されるSaccharomyces cerevisiae var. diastaticusという酵母の通称。
この酵母で造ったビールは、フルーティーなエステル香、非常に高い発酵度(外観発酵度90%以上)によるドライなマウスフィールを特徴とし、時にオーバーカボネーションをもたらすことで知られています。発酵によるフレーバーの特徴としては、酢酸イソアミル(一般にバナナ香と言われる)などのフルーティーなエステルやフェノール(スパイシー/スモーキー)を多く生み出し、アロマのプロファイル的にはヴァイツェンと少し似ているとされます。また、アセトアルデヒドや二酸化硫黄などのオフフレーバーの産出は少ないとされます。
名前のとおりS. cerevisiaeの系統で、STA1(STA2,3も同じ) 遺伝子を持っていることで他のS. cerevisiae種と見分けられています。STA1遺伝子は細胞外にGlucoamylase(グルコアミラーゼ)という酵素を分泌することで、自分の周りにある糖類(でんぷん)をグルコースに分解し、発酵に利用しています。
日本語で発音するときはディアスタティカスと読まれることが多いと思います。ダイアスタティカスとかジアスタティカスと読む人もいます。Diastaticusという名前は、アミラーゼの別名であるDiastaze(ジアスターゼ)から来ていますが、αアミラーゼやβアミラーゼを持っているわけではありません。
Glucoamylase(グルコアミラーゼ)とは
デンプン(アミロース、アミロペクチン)等多糖類のα-1,4結合を非還元末端からグルコース単位で加水分解する酵素です。またα-1,6結合も速度は遅いが分解します。1,6結合を分解するということはつまりデキストリンを分解できてしまうということです。
EC番号(酵素番号、Enzyme Commission numbers)はEC 3.2.1.3。酵素の名前ではありがちですが、別名が多いので注意が必要です。別名一覧は下記のとおりです。
Glucan 1,4-α-glucosidase, amyloglucosidase, γ-amylase, lysosomal α-glucosidase, acid maltase, exo-1,4-α-glucosidase, glucose amylase, γ-1,4-glucan glucohydrolase, acid maltase, 1,4-α-D-glucan glucohydrolase
下の図は、グルコアミラーゼの作用イメージです。(図ではAmyloglucosidaseと書いてありますが同じものです。)
デンプンを非還元末端から分解するのはβアミラーゼと同じですが、βアミラーゼがマルトースを生成するのに対しグルコアミラーゼの生成物はグルコースです。
また、αアミラーゼやβアミラーゼと違って、アミロペクチン(デキストリン)の1,6結合を分解することができます。このため、グルコアミラーゼが作用し続けると限界デキストリンをはじめとする多糖類もすべてグルコースに分解されます。
※至適温度、至適pHは文献によって異なる
麦芽そのものが持つ酵素のみで糖類を完全に分解するためには、αアミラーゼ、βアミラーゼ、限界デキトリナーゼが協働して作用する必要があります。ウイスキーの糖化工程では、ロイター後煮沸をせずに麦汁を発酵槽に送ることで、発酵中も酵素を働かせ続けます。特に低温で活発になる限界デキストリナーゼの作用が強いですが、基本的にはαアミラーゼ、βアミラーゼと一緒に作用させることでデンプンを発酵可能糖分に完全に分解し、完全発酵をさせています。(「完全に分解」「完全発酵」という定義不明瞭な言葉を使っていますが、デンプンをはじめとする糖類をあらかた全て発酵させるという程度の意味です。ご容赦ください。)
グルコアミラーゼの作用はそれとは違い、この酵素単体でデンプンをグルコースに完全分解していきます。
グルコアミラーゼはRhyzopus(クモノスカビ)属などの糸状菌に多く発見されますが、植物界には見つかっていません。なので麦芽中にも存在しません。日本酒の麹菌が分泌する酵素としても知られています。
Diastaticusが引き起こす問題
Diastaticusが引き起こす問題として報告事例が多いのがオーバーカーボネーションです。酵母が活性状態にある限り、グルコアミラーゼを分泌し続けるので、糖化が進んでしまいます。発酵中や製品ビールの保管中などは、酵素の至適温度より低い温度となるため、非常にゆっくりしたペースで糖化→発酵していきます。このため比重が下がり切って主発酵が完了したように見えても、実はまだ発酵が緩やかに継続していることが多々あります。その結果、瓶・缶・ケグなどの容器内で糖化→発酵が進み、オーバーカボネーションを引き起こします。
オーバーカボネーションは、クロスコンタミ時のほうが問題になりやすいです。セゾンなど最初からDiastaticus酵母を使うことを前提としたレシピでは、適正なピッチングレートで酵母投入をするので、主発酵中に非常に高い発酵度までいきます。完全に切らせてから充填することでオーバーカボネーション問題をある程度抑制することができます。ところがコンタミ時は検査をしない限りは気づくのは困難で、気づかないうちにオーバーカボネーションになってしまうのです。例えば発酵タンク内でコンタミした場合は、最初はビール中のDiastaticusの菌数が少ないため、主発酵は普段と同じように完了したと見えることが多いです。そして、充填後に非常にゆっくりしたペースで糖化→発酵しつつDiastaticusの菌数が増えてきて、最終的にオーバーカボネーションを引き起こします。また、充填時にコンタミした場合はもっと気づきにくく、同じように容器内で徐々にオーバーカボネーションになっていきます。
Diastaticusは活動温度が広く(15℃〜35℃)、アルコール耐性も高いので、過酷な環境でも生き残ることができると言われています。充填機周辺やホース内に残留して生き残る例も多く、多くのクロスコンタミが報告されています。
Diastaticusの検知
一般的なコンタミの検査と同じです。
まず培地法によるものがオーソドックスですが、Diastaticus用の培地が必要になります。海外には売ってるようですが、国内でも普通に入手できるかはよく分かりません。いくつかの文献にはダーラム発酵管による方法が紹介されていますが、技術的に平易ではないようです。(この辺はあまり詳しくないのですみません…)培地法にしてもダーラム試験管にしても時間がかかるため、コンタミを素早く検知して出荷判定に使うには不向きです。
というわけで、現状ではジーンディスクなどのPCR法が最も有効と思われます。死滅した酵母も拾ってしまうデメリットはありますが、スピーディで精度が高いです。(そして検査員の化学的専門技能もそれほど必要としない)
コンタミ防止対策
一般的なコンタミ防止対策を徹底することに尽きます。
- Diastaticusビールのタンク、ホース、酵母回収容器などを専用化する。ガスケット類も専用化する。
- 場内の衛生環境の改善。充填機周辺は特に。排水溝や床も。
- ジーンディスクによる毎バッチの検査。汚染酵母の連用停止。
ヨーロッパの調査では71%のコンタミが充填時に起こっている(ノズルやホース、ガスケット、周辺からの飛び込み)そうです。それに比べると発酵タンクや酵母回収時のコンタミは29%と比較的少ないです。まずは充填でのコンタミを疑ったほうが良いのかもしれません。(ノズルや飛び込みだとすると、1つのバッチで容器ごとにコンタミしてるものとしてないものが混在するので厄介ではありますが)
その他の対策
Diastaticus酵母でビールを造る場合は、主発酵で完全に発酵させることが基本対策です。ADF90%-95%以上の発酵度が目安です。実際には、外観発酵度や比重管理だけでは分かりにくいので、リアルエキスで管理するほうが良いと思います。レシピによりますが、糖が全て発酵してもリアルエキスは1–2%程度残ります。窒素化合物(アミノ酸、タンパク質)、グリセリン、ミネラル、苦味質(α酸など)、ポリフェノール、その他有機酸が含まれるからです。「このビールなら、リアルエキスを2.0以下にする」などの基準を決めておけば、その数値を下回ることで発酵可能糖分がほとんど残っていないことが担保できると思います。
ちなみに「うちのビールは要冷蔵だから大丈夫」というのは、もしかしたら危険かもしれません。冷蔵の温度帯でもDiastaticusが活性している事例も報告されています。常温よりはかなり発酵速度は遅くなるので、冷蔵かつ賞味期限が短ければある程度はオーバーカボネーションを防げるとは思いますが、完全な対策にはならないということです。
酵母も酵素も目には見えないので、検査で見える化をしていく必要があり、ビール造りでは伝統的に比重の管理を中心とした管理をしてきました。Diastaticusと上手く付き合っていくには、伝統的な管理に加えて、PCRなどによる迅速で精度の高い微生物検査、密度計による精度の高いエキス管理が必要になってきます。検査は毎バッチ(微生物検査は1バッチに2回以上)になるので、人手の確保も大事です。
究極の対策としてはDiastaticus酵母を使わないという手があります。実際多くのブルワリーがそのようにしています。Diastaticusは環境の中に棲んでいることもありますが、衛生管理をしっかりやっていればさすがに外部コンタミの確率は非常に低いです。逆にセゾン専門のブルワリーにするというのも手ですね。ワイルドイースト系+セゾン専門でも良いかもしれません。ロマンがありますねえ。
将来の可能性: キラー酵母の活用
キラー毒素(Killer Toxin)と呼ばれる物質を菌体外に排出して、他の酵母を殺す酵母のことをキラー酵母といいます。キラー毒素によって殺される酵母を感受性酵母(Sesitive)、また殺されもしないし他の酵母を殺しもしない酵母をニュートラル(Neutral)酵母といいます。
Diastaticusが感受性酵母(Sensitive)であり、キラー酵母を活用することでDiastaticusの抑制ができるという趣旨の発表がされており、注目を集めています。今後の研究の進展に注目したいです。
参考:WBC2020 Presentaion: 91 — Can we rescue Beer infected with Diastaticus during fermentation: A profile in killer yeast and the effect of co-fermentation on the superattenuative characteristics of diastaticus.
ただ、商業品種であるLallemand社のBell SaisonはNeutralであり、Kキラー酵母で殺すことができないという研究もあるようです。Bell SaisonがImperial Yeast社のNapoleonやWyeast社の3711 French Saisonと同一かどうかは不明ですが、Diastaticus酵母と言っても、必ずSensitive(または必ずNeutral)というわけではないかもしれません。
参考文献
Milk the Funk: Diastatic strains of Saccharomyces cerevisiae
Brewers Journal: Diastaticus yeasts and their role in your beer
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長い文章を読んでいただきありがとうございました。Diastaticus酵母で造った東京ホワイトはいかがでしょうか?他の定番ビールも入った12本セットはこちら!