クラフトビールの健全な産業化とは

Shiro Yamada
Nov 20, 2020

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Brewers Associationによるとアメリカのクラフトビール「産業」は、年間$82.9 Billion(約8兆7千億円)の経済規模があり、58万人の雇用を生みだしているそうです。日本国内の産業の規模と比較すると、アパレル(9.2兆円)、農業(9.1兆円)、損害保険(8.6兆円)に近いです。立派な産業ですね。クラフトビールはそもそもの成り立ちが工業化(産業化)されたコマーシャルビールに対するカウンターカルチャー的であり、産業というよりコミュニティとして発展してきた歴史があるので、産業という言葉を使うのは憚られることがあります。とはいえ、フリッツ・メイタグがアンカーブルーイングを買収してから半世紀以上が経ち、(しかもそのアンカー自体が大手メーカーであるサッポロビールに買収され)そろそろ業界の未来のために健全な産業化というのを考えていかないといけないフェーズかもしれません。

持続可能な姿ということであれば、ボランティアに依存するのではなく、クラフトビールも雇用を生みだし、経済にインパクトを与える存在を目指すべきです。ビールイベントがボランティアに支えられて成り立っていた経緯はあります。また、ビールが造れるなら給料はただでも良いという人がいたり、ビールに関われるなら多少の条件面は我慢するという人がいるのも事実です。今までクラフトビールが産業ではなくて、コミュニティだったのはコミュニティの中の人に好意に依存していたからと言えると思います。

当社では、タップマルシェへの参画や缶ビールの販売などをきっかけにして、ビールを醸造する(仕込んで発酵管理して適切に充填する)こと以外の品質保証に関わる業務の割合と重要性が急激に増しました。製造工程の改善や、改善の前提となる事象を定量的に把握するための検査・分析系の機械への投資が大きくなりました。これは、食品工場で当たり前に求められる品質管理なのですが、クラフトビールの暖かいコミュニティから一般の産業に入るとかなりハードル高く感じます。

大きなチャレンジが3つ。1つめは品質保証と品質管理のために大きな投資と大きな運用コストがかかるので、それに見合ったリターンを得るために「販売」を頑張らなければいけません。気をつけないと、尖ったユニークなビールに挑戦していくという姿勢と矛盾してしまいます。販売ばかりを考えると市場で受け入れられている人気商品の二番煎じ的な発想になってしまい長期的には会社の魅力が薄れてしまいます。2つめは、品質保証を推し進めると工程の規格化、標準化が進みます。そしてリスクが少ない方向に工程を変えていった結果、たとえば微生物ビールや容器内二次発酵などのユニークな取り組みを放棄するようになるかもしれません。気をつけないとこれが商品の面白さを損なう場合もあります。難しい舵取りです。3つめは、品質管理的な分野においては、悪く言えば「やりがい搾取」的な、コミュニティの好意に甘えるような安価な労働力の調達ができません。必要なスキルを持った人を適正な報酬で雇用し、必要であれば外部機関に専門的なスキルをアウトソースし、そして必要な設備に投資をしないといけません。

ビールの品質管理・品質保証には、プロジェクトマネジメント、問題解決能力、微生物学、基礎的な化学の素養、法律知識など非常に広範囲な内容が含まれており、入り口に入っただけで迷路に迷い込んだような感覚になります。投資対効果も測定しにくく、300万円でFermenterを買うのと240万円のCell Counterを買うのとは投資の目的が違うので、どちらがどう優先度が高いのか答えのない世界です。ビールを含む酒類製造業にはただでさえ酒税のための帳簿作成という非常に煩雑な業務があるので、この上に衛生管理と品質保証が乗っかるとさらに大変です。

産業化を進めると、ビールイベントやビアパブでみんなで乾杯して、「ビールが美味い!楽しい!」という本質的で単純な価値からだんだん離れていってしまいます。製造という意味ではビールの「造り」より、品質保証や工程管理、梱包のほうが圧倒的に業務量が増えてきます。会社全体で見たときの間接的な業務の比率が高くなってしまうのが悩みです。

クラフトビールの健全な産業化とはなんなのか。またはそもそも産業化なんて考えるべきではないのか。ズルズルと泥縄式に深みにはまり込んでいる感じで、実際には選択の余地はないのですが。

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Shiro Yamada

ビール、蒸留酒 Far Yeast Brewing株式会社 代表取締役 https://faryeast.com/